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2017.11.5教科書制作プロジェクト国際シンポジウム「海外が求める日本大衆文化研究のための教科書とはなにか」レポート

2017.11.5教科書制作プロジェクト国際シンポジウム「海外が求める日本大衆文化研究のための教科書とはなにか」レポート

報告①:

このシンポジウムには、大衆文化研究プロジェクトのメンバーの方々のみならず、ヨーロッパやアジア圏からの学生、研究者、出版・マスコミ関係など約50名にご参加いただき、大盛況のうちに終了することができた。
劉建輝・日文研副所長による、今年度発足した教科書制作プロジェクト発足の経緯とその意図について説明を兼ねたあいさつの後、秦剛・北京外国語大学教授によるキーノートスピーチ「「中日大衆文化交渉史」構築の可能性」が行われた。中国と日本の大衆文化の相互影響という観点から、大衆文化の多様な側面をダイナミックに捉える試みについて、具体的な事例を豊富な資料をもとに丁寧に紹介することで検討された。例えば、孫文の革命運動を支援した日活株式会社の前身である日本活動写真株式会社の創立者の一人・梅屋庄吉が企画した幻の映画『大孫文』制作経緯、舞踊家・福地信世による中国の民衆演劇・京劇の日本への紹介を糸口とした中国のモダンダンスにおける日本でのドイツ表現主義舞踊の影響や、戦時下の東宝国民劇における伝統的な京劇の題材の受容など、中日大衆文化の相互影響の事例が豊富に紹介された。中日の大衆文化の相互交渉という観点からこうした多様な事例に注意を向けることで、日本の大衆文化を、文化の移動やグローバル化の単なる「原因」ではなく、その「結果」や「延長」としてダイナミックに捉え直すことができるのではないか、という問題提起がなされた。
次に、大塚英志・日文研教授による「教科書制作についての報告」では、秦教授の基調講演を受けて、教科書制作プロジェクトの目的について3点の確認がされました。第1に、日本の大衆文化を扱うにあたって、戦前期の日本の植民地支配の問題および東アジア圏という領域から大衆文化を捉える必要性があること。第2に、扱う対象を漫画やアニメに限定するのではなく、大衆文化には様々な表現様式の相互影響が色濃くみられるという認識を深めることで、大衆文化を広く捉える必要があること。第3に、日本の大衆文化の通史というコンセプトを採用することの意義についての確認があった。特に3点目について、例えば絵巻とまんがの表現様式が比較されることが多いが、この観点の妥当性を議論する前提として、これらの影響関係の有無やその理由について考える議論の枠組みを提供することが重要であること、現代日本のポップ・カルチャーに関心がある海外の若者にとって、まずは、歴史的なパースペクティブを提示する必要があることが指摘された。
午後のパネル1「海外の教育者から見る日本大衆文化教育の現状」では、まず、金容儀・全南大学校日本文化研究センター所長(日文研外国人研究員)による報告「韓国における日本大衆文化の教育の現状」があった。まず、韓国における日本大衆文化の流入制限から開放までの経緯および韓日による日本大衆文化の捉え方の違いを踏まえたうえで、全南大学校日語日文学科における日本大衆文化の教育が具体的に紹介された。まず若者を中心とした社会的なニーズを受けて「日本大衆文化」の科目が開設されたこと、相撲からカラオケ、漫画にいたるさまざまな事象を取り扱う文化人類学の観点からの英語による文献を教科書とし、フィールドワークを重視しているという。調査見学の成果をグループ発表にまとめる取り組みも紹介され、学生がこの取り組みを通して「韓日比較文化」への視点を持つようになったことも紹介された。今後の課題として、教員よりも学生の方が現代日本の大衆文化についてよく知っているという現状に対して、どのような学術的アプローチが有効かについての再検討の必要性、また、体系的な教授法を開発したうえで、「異文化理解」への入り口として、日本の大衆文化の授業を生かすべきという提案がなされた。
続いて、マーク・スタインバーグ・コンコルディア大学准教授による報告「北米における日本大衆文化の教育の現状」があった。東アジア研究というよりはサブカルチャー研究の枠組みで教育を行なっているという教育背景を紹介したうえで、まず、「大衆文化」についてのどういう教科書がすでにあるかを整理したうえで、どのような教科書が必要か問う必要があり、歴史性を帯びやや古めかしい語となりつつある「大衆文化」という語をあえて使うことの意味づけが必要であろうことが提案された。また、北米の「アニメ」についての授業シラバスの問題点として、歴史的意識にやや欠けること、アニメが実際に数多く放映されたテレビという媒体よりも映画に力点を置きやすいこと、個別のアニメに注目しメディア横断的な視点に欠けること、作家主義に偏る傾向にあること、個別の事象に注目し全体の見通しに欠けること、が指摘された。これらの問題点の解決策の一つとしては、理論的、かつ、通史的なアプローチが考えられ、理論的なアプローチの一つとして、先生のご専門であるメディア・スタディーズのアプローチ(例えば、メディア・インフラ、ジェンダー、メディアと流通などを含む)が紹介された。最後に、教科書の構成をどうするか(例えば、メディア毎なのか、歴史的区分か、メディア横断的なものを取り入れるのか)、一次資料の翻訳は含むのか、教科書の流通をどう考えるか、など示唆に富むプロジェクトへの問いかけが提示された。
ディスカッションでは、まず、学生たちが抱く日本のイメージについて、北米においてもアジア圏においても同様に、オリエンタリズム(フジヤマゲイシャから、アニメなどを通しての未来都市のイメージまで)が見られることが確認された。さらに、北米・アジア圏共に、学生たちの間ではアニメといえば、せいぜい2000年代までしか振り返られず、歴史的感覚が欠如していることが指摘された。また、韓国・中国共に、教員と学生の間で、現代の日本のポップ・カルチャーの享受の仕方の温度差があることが確認された。また、北京外国語大学の場合は、1つの科目としての「大衆文化」は存在せず、「日本事情:現代文化」「言語教育」など様々な科目の中の一部として取り上げられていることが紹介された。語学教育の一環として取り上げられることで生じるフラストレーション、また、学生たちには身近であるが異文化でもあるこれらの文化について、どう学術的に考えてもらうかについてのフラストレーションがあることが共有された。
全体討議では、大塚氏の司会のもとで、文化間交流、東アジア圏という地理的な視点、柳田國男から鶴見俊輔にいたるいわゆる都市民俗学などに配慮する必要性を確認したうえで、各参加者からの質疑応答となった。教科書プロジェクトメンバーである佐野明子氏(桃山学院大学准教授)からは、教科書が扱う対象に、鶴見の「限界芸術論」の枠組みを利用し、こま遊びなどにも目配せすることで独自性がだせないか提案がだされた。秦氏からは、それへの目配り必要だとは思うが、表現様式、文化現象としての大衆文化により注目する方が良いのではという意見が出された。また石田美紀氏(新潟大学准教授)からは、「身体」「顔」「声」などのトピックを設定し、そこに関わるメディアやコミュニケーションに話題を広げるというアプローチはいかがかという提案が出された。また、オリエンタリズムや現在という特定の時期、狭いジャンルに限定された関心に陥ることなく、文化の相互交渉による雑種的で、グローバル化の「延長」として「大衆文化」をとらえる視点が提案された。

(以上、前川志織)

報告②:

大塚氏の報告「北京外国語大学日本語学科・北京日本学研究センター卒業論文・修士論文・博士論文を読む」に関して
まず、北京外国語大学日本語学科・北京日本学研究センターの学生が書いた論文について報告しました。
具体的には、王蕙林氏、チョウカンカン氏(注2)、袁陽氏(注3)、斉夢菲氏(注4)の論文も取り上げ、以下の点を強調しました。1)大衆文化の研究における方法論(特に一次資料を用いた土台のしっかりした上で考察された研究と日本語理解の必然性)。2)歴史を注目する問題意識(アジアと歴史を共有しようとしない日本の風潮を批判しつつ、歴史という文脈の中で漫画やアニメを読む学生の姿勢)。3)自分の理解を追求する学生の立場(歴史の過程を確認、意識した上で、その過程の最後に日本大衆文化のファン、読者としての自分がいる、というアプローチ)。4名の学生の論文は、この3つの点を共有しており、香港大学や欧米で流行する産業論やカルチュラル・スタディーズと異なった大衆文化への注意すべきアプローチとして評価しました。

アルバロ氏の「メキシコと香港の聞き取り調査からの報告」に関して
アルバロ氏からは、香港とメキシコでの日本大衆文化の勉強や学生についての報告がありました。これは、香港とメキシコの学生と先生の間で行われた聞き取り調査を土台に、香港とメキシコにおける日本研究の状況と日本大衆文化に対する学生の姿勢を対比したものでした。香港の調査は、日文研大衆文化プロジェクト現代班のメンバーである鈴木真紀氏と蔡錦佳氏によって行われ、その調査から一人の学生と一人の先生の声を取り上げました。先生側からは、日本大衆文化の流行が過度で、教科書が現時点で不要という意見や中国社会における日本大衆文化への注目が必要である、という意見を取り上げました。学生側からは、アニメや漫画、小説を窓口にして日本の大衆文化の理解への興味を持つことがわかりました。これらの声の背景には、東アジアにおける香港という独特な位置付けがあると指摘しました。内陸中国、台湾や韓国と異なり、第二次世界大戦後、香港には日本大衆文化に対する規制がなく、比較的に早い段階から日本大衆文化が日常に浸透していたからです。また、香港大学の高度な日本研究プログラムも関係しています。
他方、メキシコでの日本研究は、あまり注目されていません。日本に関する専門的な研究や教育プログラムを行っている大学が少ないからです(今回は一校しか取り上げていません)。しかし、多くのメキシコの研究者や専門家ネットワークに頼る学生、在野の研究者は自力で日本大衆文化について調べています。調査した学生も日本研究の専門プログラムがない国立歴史学人類学大学に所属し、メキシコの日常文化の一環として、若者に影響を与える日本大衆文化について様々な視点から勉強しています。学生の意見は、「(日本の)大衆文化の定義、意味合いや位置付けを知りたい」「日本はどのように世界の社会運動や思想風潮を受け止めてきたかを知りたい」などがありました。これらから、日本大衆文化の研究に興味を持つ学生の多くが、自分の体験や自国と他国の関係を通して注目していることが窺えます。

パネル2「海外の学生から見る日本大衆文化教育の現状」に関して

続いて、総合研究大学院大学文化科学研究科国際日本研究専攻博士課程のゴウランガ・チャラン・プラダン氏と単荷君氏、そしてハイデルベルク大学 Transcultural Studies修士課程の邱大同氏の3人による学生パネルがありました。ゴウランガ氏は、インドには日本のことがどのように考えられ、受け入れられたかについて説明した上で、インドにおける日本研究・日本大衆文化研究の状況を報告しました。19世紀から20世紀前半、西洋の帝国主義に対抗した日本はインドの知識人によって評価された一方で、その後帝国主義の道を歩んだ日本は批判されました。こうした憧れと批判を背景に、1970~80年代には、日本語の教育や日本研究が行われ始めました。さらに、2000年代日本企業の増加に伴って日本ブームが起き、最近の日本のアニメや漫画なども、映画やスポーツなど大衆文化研究とともに注目されるようになりました。約15年前からテレビでアニメが見ることができるようになったことも、背景にありました。ただし教科書に関しては、インドでの漫画やアニメの流通は範囲が限られているため、漫画などがインド人にとって大衆文化であるかどうかという疑問があるとともに、地域差や宗教的な背景への注目も必要であることを主張しました。
単氏は、上海と青島の日本大衆文化の研究について報告しました。これは、単氏の研究テーマである植民地文化史の視点から、教科書の課題に注目したもので、青島大学と華東師範大学の日本語修士課程学生12名からの声を紹介しました。その中で、日本研究としてアニメやポップ文化(音楽、服やファン文化)への関心に加え、学生が使う参考文献の用語の難しさ、深みの欠落やカルチャーギャップなどの難点を指摘しました。また、青島では日本との歴史上の繋がりへの関心が低く、意識的にも忘却されると述べました。それ故に、日本文化と自分の地域を結びつける教科書に大学生が出会えば、アニメやドラマだけでなくより広い範囲の日本大衆文化への関心が高まると展望を述べました。さらに、日本帝国勢力圏における近代日本の大衆文化、日本と海外の歴史認識のギャップへの注目への必要性も述べました。
現在19世紀後半の日中貿易について勉強しているダートン氏は、日本アニメやゲームのファンとして日本大衆文化に興味を持ち、独自で「戦争記憶・記録と日本アニメの研究」の準備をしています。ダートン氏はハイデルベルク大学の戦後日本史のゼミをとったことで、日本文化をファンとしてだけではなく研究対象としても見るようになったとして、同ゼミの内容と日本のポップカルチャー関連の書籍を紹介しました。書籍は網羅的かつ調査資料に基づいたもので、歴史、経済、政治的な背景も含めて、客観的に書かれていると評価しました。
このように、学生の経験に注目した本シンポジウムの後半は、大衆文化研究にはそれぞれの学生がおかれた環境と個人経験の重要性、地域と歴史を踏まえた体験としての大衆文化への取り組みの必要性について語られました。


(1)王蕙林「宮崎駿『ハウルの動く城』の深層―戦争の表象を中心に」、大塚英志(編)『TOBIO Critiques東アジアまんが・アニメーション研究』、第2号、太田出版、2016年、57-67頁
(2)チョウカンカ「中国メディアミックスにおける日本メディアミックスの影響―戦時下・戦後のメディアミックスの流れを中心に―」、大塚英志(編)『TOBIO Critiques東アジアまんが・アニメーション研究』第3号、太田出版、2017年、76-104頁
(3)袁陽「中国における日本アニメの伝播と字幕組の役割―アニメ字幕組の存在を中心に―」、大塚英志(編)『TOBIO Critiques東アジアまんが・アニメーション研究』第3号、太田出版、2017年、105-128頁
(4)斉夢菲「まんがにおける〈大きな物語〉の復権―『マンガ日本の歴史』を問題にする理由と事例分析」、大塚英志(編)『動員のメデイアミックス 〈創作する大衆〉の戦時下・戦後』 思文閣出版、2017年、423-460頁

(以上、エルナンデス・アルバロ)

 

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